『 親思う 心にまさる 親心… 今日のおとずれ 何と聞くらむ… 』 寅次郎
かすかな芳香に振り返ると、庭先の沈丁花が「赤」「黄」とも開きはじめていた…
あぁ…春かと妙に納得した…
コロナ禍に脅えるこの1年、季節や花のことはすっかり忘れていた…
この世の全ての人がコロナに感染したとしても、自然は季(とき)を忘れず花を咲かせるであろう!
敬服せざるを得ない…
各位におかれましては、苦渋のコロナ禍のなかを恙なくお過ごしのご様子…何よりとお喜び申し上げます。
当ホープ会もお蔭様にて「JOB事業所」「JOY事業所」「グループホーム」すべての利用者様や入居者様70余名と職員30余名「明るく!楽しく!元気よく!」を念頭に至極元気にて過ごして居りますことをご報告申し上げます。
お話、少し変わりますが…
ここに至り年を重ねる日々…旧懐の思いが募り、今年こそ…今年こそ…と思いながらやっとの思いで休日を利用して「第2の故郷 山口県萩市」を訪ねました!
半世紀以上前になります「青春の一時期」を過ごした地であり、限りなく思い出深い地であります…
毛利藩の藩校「明倫館」の近く「江向」というところに住み、少し崩れかけた土塀からこぼれおちそうに、たわわに実った夏みかん(※現地ではダイダイ)の黄金色が濃緑色の葉との見事なコントラストで美しいと思いながら3年余りを過ごした…
素朴というよりは、少しうらぶれた感じの田舎町であった…
関ヶ原の戦いに敗れた西軍の筆頭「毛利氏」は、山陰のこの僻地に防長2州(周防・長門)に減領されたこの幕藩体制に大いに不満があったのであろう…
この地から、吉田松陰を師として仰ぎ、その志を受けて「尊王攘夷」の熱い思いで明治維新の胎動が始まった…!
日本近代史には欠かせない此の地であったが、その深い認識も無いまま過ごしていた…
また、この地の友人・知人もそのこと殊更に吹聴することもなかったのである…
新しい時代の幕開けは洋の東西また古今を問わず「格差」「差別」による不満のエネルギーの爆発によって始まるものである!
江戸から270里…遠隔の地「長州」「薩摩」も「土佐」も共通の土壌があったのであろうと推測できる…
特に下級武士たちの思いがその方向性で民衆に受け入れられて変革となったのであろう!
日本海に小さく突出した「指月城址」「菊ヶ浜」「女台場」「松下村塾」「菊屋横丁」懐かしく思い出される…
その佇まいは今尚「重要伝統的建造群保存地区」として静かに時の流れを偲んでいるかのようであった…
当地に「男なら」という民謡があり、うろ覚えであるがその一節に…
”お国の大事と聞くからは、女ながらも武士の妻、まさかの時には締襷・・・お槍かついで お中間(ちゅうげん)となって ついて行きたや下の関”
馬関戦争(1863-1864)物静かな女性像のなかに、その芯の強さが感じられる!
もしも移住するなら迷うことなく此の地を選ぶだろう!
後日譚ではあるが、小生彼の地を離れ数年後には、旧国鉄のキャンペーン『ディスカバーJAPAN』により、多くの若い女性たちが、当時の「an・an」「non・no」などのファッション誌や旅行誌を片手に探訪して、一躍その知名度が上がったのである!
甲府盆地も花の季節から新緑の季節と移り変わるも、新型コロナ収束の季節はまだまだ先…窮屈な生活環境が続くと思われます…
先ずは、ご自身の身を守り、お健やかに過ごされますよう切にお祈り申し上げます。
社会福祉法人 ホープ会
理事長 相 川 英 光
※山口県萩市を訪ねたのは2019年11月以前となります。